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honkyochiblog

honkyochinikkiから派生しました

「プリンセストヨトミ」

映画

「こんな感じじゃないかなー」と書き上げられた話が「ま、こんなもんでしょ」と実写化されるのに「これでいいのかな…」と俳優が付き合わされて「…いいわけないだろ…」と観客がお金を払って確認することで完結するシステムに則って生み落とされた代物で、はるか史観的には「インシテミル」よりはマシだけど「おっぱいバレー」よりはひどい*1出来なので、物好きかうっかりさんな知り合いが一人でも見てたらあとの人は見なくていいから、さあ、ここまで読んだらここはうっかりで物好きな俺にまかせて、別の何か楽しいことを!早く!映画行くとか!
だいたい、プリンセスの話じゃないっていうのがもうね。「赤ずきん」ってタイトルなのに赤ずきんほとんど出てこなくてクライマックスではゲイリー・オールドマン演じる神父が人狼になった自分と信仰の狭間で苦悩してる話だったら皆怒るよね?「天空の城ラピュタ」でシータが自分が王女だと知らないまま終わるとかありえないよね?「パパと歩いた長い廊下」みたいな感動ものタイトルにしないといけないよね?ほんと、このザマではフジテレビには面白いものを作る力がもう残ってないんじゃないのっていう気にもなるよ、報道がダメでスポーツ中継がダメで映画がダメってさ。「映画でもドラマでも、ラストに向かって全ての要素が絡まりあって、どんどん面白くなってくるものだ」っていう思い込みが強ければ強いほどなかなかに過酷な戦場になるよこれ。ちょっと注目されそうなネタを適当に放り込んだだけのプロット、詰められてないにも程がある設定*2、まったく余計なところに注がれる技術*3、何の見せ場も与えられない助演陣、唐突に撃たれてスローモーションになってなぜか感動して全部うやむやに…という「踊る2」の悪夢がふたたび…
総じて、女性の扱いのぞんざいさはかなり気になった。綾瀬はるかの大食い設定に着地点はないし、和久井映見の役なんて相当いろいろあるだろうに「物分りがいい」というだけの役割しか与えられてないし、その他の大阪の女性は「派手でうるさい」だけのモブとしての機能しかない上に、根底に流れる(思い切りセリフで語られる)のが「男は何かあったら戦え。そのあいだ、女は家を守れ」みたいなアレで、戦う女子高生姫&男の娘の立場はいかにっていう…「いやアレは安土桃山的な感覚ですよもちろん」と言うなら、現代の感覚とぶつかり合わなきゃ物理的におかしいだろと…。実際、男どもが府庁前に集結してるとき、女性はどこにいて何をしてたのかの描写が一瞬もなく(自分が気絶してるんでなければ)、ただ、消えてて、そんなこんなが一度考え始めると気持ち悪くてしょうがない。
これら諸々が原作通りだとして、こうなることが予見されるんだったらタイトルと設定だけ拝借するということで作者に了解を取って脚色しまくって面白くする、面白くできない・予見できないんだったら今後映画製作をやめる、原作を改変してこうなったんだったらやはり今後製作をやめるという風に、高い割合でやめる方向にシフトするしかない。全てが勿体無い。というわけで、最初に書いたシステムも、「こんなもんかな」と紙に書いた時点でバッと奪って目を通して「いやいやいや…」とハラリと落とすまでに簡略化することを願ってやみません(突然、海外からのゲストのあいさつ風に〆)。

*1:隣のカップルの男の方、後半ずっと下向いてた。寝てたわけじゃなく、首を捻りながら、セリフだけ一応聞いてた様子。

*2:観光客はどこに消えたよ…。5億くらいカンパでも何でもして捻出できるだろ…何万人いるんだよ…等多数。

*3:地面に落下するたこ焼きのどアップをCGで描写して、それでどうなる…